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東日本大震災から四年がたち、震災に関する作品、論考ともに深まりをみせている。三月には、仙台で梶原さい子歌集『リアス/椿』の批評会が行われた。この歌集は震災の以前・以後に分かれたドキュメンタリー的構成をなし、被災した気仙沼市唐桑町の郷土性に、震災の生死を見尽した作者の生身の感受性が深くコミットしている。
潮を汲む 透きとほりたる腕を足をひらきしままのくちびるを汲む
みなどこかを失ひながらゆふぐれに並びてゐたり唐桑郵便局
批評会では「われ」の個別性と異なり、他者との融和をめざす「みんな」という志向性(嵯峨直樹)が指摘された。
川野里子は「文藝」で震災で直撃された「われ」に代わり「子供という未来を抱えた母」という新しい主語の誕生をみて、その主語を「われわれ」であるといった。一方、梶原の「みんな」には光と影のように、生に対する「死」が含まれている。梶原は身近なあまたの死を経験しながら「死者」という言葉をほとんど使わない。生者に対する死者と捉えず、遍在する死者との融和をはかっているようだ。それは震災で死に満ちたものになってしまった現実を新たに感受し、受け入れようという意志だ。しかしこれもまた喪失の痛みと悲しみの長いスパンの先にある未来へつながる志向ではないだろうか。
さて四月には齋藤芳生歌集『湖水の南』批評会が東京で行われた。齋藤もまた福島出身であり、被災したふるさとへの思いは歌集の大きなテーマだが、海外や東京で働き、震災後に故郷へ戻った作者にはもっとさまざまなスタンスがある。また時系列の梶原の歌集に対して齋藤の歌集は空間と時間をランダムに飛び交うような構成である。そうすることで循環する時間を封じ込めた歌集ともいえるだろう。
ふるさとは霧雨の中しんしんと私を抱いて泣き給いけり
さみどりの花ひらきゆくアラビアの合歓の大樹を見上げいし君
批評会では「構成としては読みにくいが、人間はそう簡単なものではない、といいたいのではないか」(澤村斉美)という指摘があった。私は、作者の居る場面や時間が多岐に渡るにも関わらず、むしろ自閉した内的な世界が、現実の事柄で構築されているような印象があり、興味深かった。
この二つの歌集はどちらも震災がなければ「こうは詠われなかった」歌集であり、その意味ではまず震災詠という観点から語られるべきだろう。
しかしその一方「震災詠」という枠を一旦外して、この不可逆性に充ちた「震災以後の現実」の中で表現そのものがどのように変わり、深まってきたのかを見極める目を持ちたいとも思う。
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