告知板
ホーム
概要&入会案内
今月の内容
さくやこのはな
かりん作品抄
時評
ライブラリー
リンク
会員ひろば
かりんネット歌会
お問い合わせ
鬼ひとで赤き珊瑚を食むといふ食(を)しもの拉(ひし)ぐをとめのひかり
『暁すばる』一九九五年九月刊
 鬼海星(ひとで)は南の海の岩礁に棲む大型のひとでである。水族館で掌大の体をもつひとでを見たことがある。豪快な大きさとぼってりとした重量感に威力があった。南の海では珊瑚礁の天敵のようだ。辞書で調べてみると、鬼ひとではイシサンゴ類を食するらしく、アカサンゴやモモイロサンゴ、シロサンゴなどは食餌としていないらしい。その点からもこの上句、問題があるといわれてもしかたがない。
 にもかかわらず、この上句になおこだわりをもっているのは、「鬼ひとで」という言葉のイメージに「赤」という色の連想を禁じきれなかったからである。実際に見た鬼ひとでの体色は薄暗い光の中の暗褐色で、内攻する不平不満がいくらでもありそうな表情だった。だからこそ、赤い珊瑚に覆いかぶさりそうな似合わしい強欲がみえてしまったのだ。この歌の救いはそこを「食むといふ」という伝聞でうたったところにある。
 ゆえに「鬼ひとで赤き珊瑚を食むといふ」という幻想は一応ゆるされることになるであろう。しかし、そうなったあとにもなお、この歌には問題が残っていた。下句である。「食しもの拉ぐ」はわかる。いかにも「鬼」に似合わしい。それに対して「をとめのひかり」は「鬼ひとで」の強欲な食餌の姿態のかがやきということになる。「鬼ひとで」を「をとめ」としたのは、これは作者の誌的恣意によるものである。生き餌を拉ぎ食するひとでの姿態に、強い生命力の発する純粋にして懸命な美しさをみる。
 そこには、「をとめ」の青春期に芽生える無意識の生命欲の変形として「食しもの拉ぐ」残酷さや、嗜虐性を考えてもいい。その力こそ「をとめのひかり」と呼びたい美しさだと思う。歌の主題は下句にあるのだが、上句に出したイメージに実態として齟齬があることが気になっている。この歌については『馬場あき子百首』(一九九八年版)に岩田正が解説を出しており、下句についてはほぼ同様の理解を示してくれたのがありがたかった。

※ (   )は、直前の語句のルビ