告知板
ホーム
概要&入会案内
今月の内容
さくやこのはな
かりん作品抄
時評
ライブラリー
リンク
会員ひろば
かりんネット歌会
お問い合わせ
奥三河語り尽きねばたまきはる真紅の鬼を押し出だしたり
『暁すばる』一九九五年九月刊
 平成二年三月九日―十一日まで、愛知県の新路(しんろ)市で第一回「鬼のシンポジウム」が催され、私は「日本の原風土における鬼」について講演した。テーマは奥三河花祭りとして有名な湯立神楽の中に登場する赤鬼のことに話が集まった。天竜川の支流の北設楽郡に伝わる祭で、十一月中旬からはじまり、翌年の三月上旬までの期間、順次に各所で行われる。大きな赤鬼の面をつけ、筋肉質の赤鬼のぬいぐるみを着たものが、五穀豊穣と悪霊祓に活躍する。
 この歌は平成二年四月の「かりん」に載った六首の中にある。農村をまわって生活に活力を与えていた鬼と、農民と、そして鬼と神との交流について議論の花が咲いた。鬼の存在の意味は深い。花祭りの最後には巨きな赤鬼が榊を持って狂い舞う。それはもう言葉を超えたもので、農民の魂そのものが出現したような存在感がいっぱいに広がる。シンポジウムなどというおこがましい時間に対して、沈黙をしていた鬼が、いよいよ大きな鬼面を執ってかむった時、私は深く感動した。
 この農民のくらしのために大きな力をもっていた鬼を、男たちは若い日から何十年も為(し)つづけて、体力があるかぎり為(す)る。その「鬼」を何年も「為る」こころとは、どんなものなのであろう。農と農民のくらしにそって鬼をすることの意味を、言葉としてまとめようとする都会人の私たちを、その鬼たちは笑っているのかもしれない。言葉なんかない方がずっと伝わる心があることを知っている人たちだったのだ。客演として秋田からやってきた「なまはげ」の咆哮も魂にひびく凄いものだった。

  赤赤とまた寂寂(せきせき)とゐたるもの大き鬼面を執りてかむれり
  鬼を為(す)るこころといふはうつしけもなしまつさらな夜の闇は来て

※ (   )は、直前の語句のルビ