告知板
ホーム
概要&入会案内
今月の内容
さくやこのはな
かりん作品抄
時評
ライブラリー
リンク
会員ひろば
かりんネット歌会
お問い合わせ
直情のごとき葱の香きまじめに生き来し寒さ思へ静かに
『月華の節』昭和六十三年十二月刊
 葱について時々考えることがあった。今日では葱は常備の野菜ではあるが、買おうと思えばいつでもどこでも手に入る。もちろん昔だってその通りだ。だが、どこか葱に対する意識はちがっている
 私どもの母の時代まで、具体的には昭和五十年代いっぱいくらいまで、葱は冬をしのぐ大切な頼もしい食品だった。いまの自宅に越してきた頃、初冬の白菜漬けも終り、木枯がきびしく吹きはじめると、母は背中を丸くして一束の泥付き葱を買い込んできて、台所の裏の手近なところの土を軽く掘り起こして泥葱を寝かせ、布団を掛けるようにやさしく土を掛けた。そして、「これでよし」という顔をする。
 そういえば子供の頃から葱はよく食卓で出会った。決して好きではなかったが、二日つづきで味噌汁の実であったり、油揚げに押し込んで焼いてみたり、納豆に刻んで入れたり、葱だけ焼いて溶き味噌をつけたり、葱と車麩を薄甘く煮付けた情けないおかずもあった。葱は廉価で、強い主婦の味方であったのだ。
 母たちの葱への信頼はあつく、一束の葱が庭土にあることは安心の糧(かて)であったのだ。貧しいことが当り前であった庶民は隣どうし葱一本を貸し借りしていたかもしれない。そうやって、何もかも寒く、切ない霜の朝の人生を生きてきたのだ。母たちの頑強な沈黙と涙もろさは裏表だ。葱の香に私はそうした母たち、いや私を育てた母の直情の清さをみていた。田舎から出てきて、すぐ戦争がはじまって、戦後はいっそう貧しくなりながらまっすぐに運命のままに抗わず生きた。はじめに揚げた歌は、昭和六十二年新年の朝日新聞に正月の歌として載った。同時掲載の一首とともに、その頃の気分を伝える歌も二、三あげてみたい。

 夕冴えてあすは大霜ひと抱への葱埋めて冬の心もたまし
 親もちて年とるわれを祝ぎくれし人と別れてのちの木枯
 白き餅届きて迫る年の雪流れてしろきさびしさはみよ

 ※( )内は前の漢字のルビ