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靡くもの女は愛すうたかたの思ひのはてにひれ振りしより
『飛天の道』二〇〇〇年九月刊
 一九九八年九月半ば、私は待望のシルクロードの旅に出た。上海から一気に烏魯木斉(うるむち)に飛び、そこを拠点に四泊ほど快遊して、敦煌へ向った。敦煌そのものも魅力であったが三泊しかできず、その最後の日が莫高窟の見学に当てられていた。快晴の空の深い底なしの青さと、容赦ない太陽の熱い力と光が圧倒的だった。
 私はかねて仏教伝来の道につねに飛天が華麗に顧従していることに関心をもっていたが、その足跡の終点が日本であることが嬉しかった。あの三保の松原っで水浴していた天女(飛天)は、故郷の月牙泉(げつがせん)よりきっと駿河の海の広がりを喜んだにちがいないとか、三保松原の天女は羽衣を返してもらって、鳴沙山(めいさざん)の麓の月牙泉まで一気に飛んだのだろうかとか、いろいろな空想を楽しんでいた。
 飛天が沢山描かれている莫高窟の内部は案内者の弱いライトで照らし出されるだけだと聞いていたので、私はこの年早くから神田の古書店を探しまわって、写真に記録された平凡社版の五部にわたる『莫高窟』を買い求め、つぶさに見ていたので期待は高まる一方だった。
 ここにあげた歌は歌集のタイトルにもした「飛天の道」という二十一首の中にある。同年、「短歌」の十二月号に載ったものだ。私が子供のころから飛天に憧れをもっていたとすれば、あの羽衣とともに天空に靡いていた領巾(ひれ)のせいではないかと思う。天人の衣は薄く彩りも美しく、風に靡くものだという印象は拭いがたい。今も女性はスカーフや、ショールなどを夏冬とわず、自分のシーニュとして大事にしている。同じ時の歌を二、三あげてみる。
 風早(かざはや)の三保の松原に飛天ゐて烏魯木斉に帰る羽衣請へり
 敦煌の暗窟に飛天満ち満ちてその顔くらく剝落しをり
 ある飛天みれば髭ある美男なり空なるほかの棲みどころなき

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