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男の論かすか不可思議されどなほわがほほゑみもかすか不可思議
『南島』平成三年十一月刊
 これはどんな場面を思い浮かべてもらえるだろう。ある議論の場で、「男性ってこんなふうに論を展開するのか」と感心し、自分の立場はなくなっているのに、なぜかやんわりほほえんでいる。「女ってこれがいけないところだな」などと思いつつ笑みの中にいる。どっちに批判的なのかといえば女性の態度だろうと思うが、歌では「男の論っていつもこうなるのよ」と一方的に貶めているようにひびく。
 狙いはそこにあるので、こう読まれていいのだが、歌というものは変なときにふと生まれるものなのだ。じつはこの時、私は藤原実方の「百人一首」の歌について考えていた。「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆる思ひを」である。ずいぶん凝っていて、恋の歌としては堅くるしい感じがする。ところがこの歌は、現実に「女につかはしける」恋の歌なのだ。これを手にした当時の女性は、上句のテクニックもごくしぜんに読み取り、下句の「さしもしらじなもゆる思ひを」に、ぱっと心を明るくしたのであろうか。上句のもたもたした物言いに対して下句がいい。私はこの下句に触発され二首ほど歌ができた。
  さしも知らじさしもしらじな思ふこと青草となりて茂りゆくとは
  恋ひ恋ひて春の毒だみ萌え出でぬ言ふべきことばほかにあらねば
 面白がってふと作ったこの二首が軽くたのしそうだったので、ちょっと言葉を緊めて冒頭の「男の論かすか不可思議」が生れた。この三首が連動して出てくるところに連作の魅力もある。これは昭和六十三年六月の「歌壇」に「烏羽玉」として載った三十首の中、前号に述べた石光寺の牡丹の歌が十首くらいで終ったあと、場面をかえた雑詠の中のものである。ついでながら、この年五月、「かりん」は創刊十周年を飯田橋のホテル「エドモント」で祝った。