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ぼうたんは狂はねど百花乱るれば苦しきに似たり恋ぞかがやく
『南島』平成三年十一月刊
 昭和五十五年四月二十五日から三日ほど、私は前川佐美雄さんに伴われて奈良をめぐった。驚いたことに当麻寺に泊めていただいたり、二上山に上ったり、牡丹の寺として有名な石光寺のお庭を拝見し、折ふし修復建設中の薬師寺塔に上ることを許されたり、お寺の格天井に収まるべき絵なども拝見するという、貴重な体験つづきであった。
 石光寺を訪れたのは快晴の陽光が強い日で、お庭に一歩足を踏み入れると牡丹特有のさやかな香りが、ふわっと顔を包むように押し寄せ、一瞬、むせかえるような驚きをもった。別世界のように明るいお庭はひっしりと隙間もないくらいに牡丹が植えられ極彩色の圧倒力である。
 花は力づよく、花びらの先まで力いっぱい開き、葉もしっかりと太陽を受けとめてゆるぎもみせない。牡丹を鑑賞するために設けられた小径は花に埋れるほどだが、その間をゆくと丁寧に花の名が記されている。「鳥羽玉」という黒牡丹は深い紅の生命力を黒色の底に秘めているような重厚な艶を放っているし、白牡丹の「翁獅子」は髪を少し乱した風情も心に残った。名札は数え切れないほどの種を誇っていたが、紅、白、黄、黒、そしてその中間のピンクやオレンジがかった花まで、およそ思い及ぶ花の色はすべてここにあつまっているとさえ思われたのである。
 こんな百花の大輪の牡丹が乱れ咲く苑の中に立っていると、人間一人の生命力は圧倒されて息苦しいほどだ。花々の色と光は繚乱として狂い出しそうなのに一つ一つは端正に整って佇んでいる。じつに豪華な生命力である。しかしまた、牡丹といえば私には忘れがたい思い出の牡丹の姿がある。わが庭にも何株かの牡丹があるがすべてその原点的記憶を心にとどめておきたいためだ。
  牡丹咲きてそこのみ白き天上の香ありき空襲の絶え間なりにし
  敗戦は迫り絢爛と牡丹咲き乙女らは焼き米をかすか食みゐし