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啼く鴨に鴨は応へずしばしゐて川ごと昏れてゆけり多摩川
『阿古父』一九九三年十月刊
 この歌は「冬ざれ」十五首として、そのころ刊行されていた「ふぉーらむ」の新春号に載った。雑誌が刊行された時は昭和六十三年の末で、翌年一月の松の内が明けると平成元年になった。ともかく歌の現場は昭和の時代最後の初冬の多摩川である。
 その頃の多摩川にはまだまだすばらしい川の風景が残っていた。岸辺には葦の群落が茂り、水禽の種類も多く、なかでも鴨は何種類かの群れが飛来し、群れをなして河口や海の方に漁りにゆく。それと入れちがいに鴎が群れをなして休息に来る。それが日向の岸辺に白く一列に並んでいるのもじつに可憐だった。午後の三時すぎから四時くらいにかけて、鴨群が海から帰り、鴎は海へ帰るのである。それが明るい夕空に入れちがうように舞い去り、舞い来る光景は盛観というほかない。私はこの光景に魅せられて、小田急で和泉多摩川という駅まで行き、何度かこの夕景を堪能した。この歌もその時のものだ。
 鴨は葦かげに籠って休息したり、夕日をまるごと映している川なかに出て遊泳したりしている。かいつぶりがそのひまを縫って楽しげに潜り、思いがけぬところに浮かび出るのをみていると、いつしかあたりに薄やみが漂いはじめる。鴨の鳴き声は可憐で何ともかわいい。葦の茂りの中からくう、くう、とやさしい鳴き声がするのに、葦べりに浮かんだまま、知らん顔をしている鴨もいる。面白い恋のかけひきのようだ。人間になぞらえて詠みかえしてやった歌、「多摩川の夕日美し鴨とゐてわが聞こえうた寂しくぞある」、少し古風になった。この鴨たちとの交りの歌は平成の元号がはじめてついた「短歌」二月号にも十五首出詠している。あげておこう。
 光を砕くこと面白し多摩川の夕日の最中(もなか)鴨ら遊びて
 心こそ光るにあらめ夕日映る水を走りて鴨ら遊べる
 多摩川の夕日の曲(わた)の葦かげに相並みてさらば鴨にあらまし

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