告知板
ホーム
概要&入会案内
今月の内容
さくやこのはな
かりん作品抄
時評
ライブラリー
リンク
会員ひろば
かりんネット歌会
お問い合わせ
白鳥座覆へる下の利賀の村にリア王はゐて世を慟哭す
『南島』一九九一年十一月刊
 『南島』にはじつに多くの旅の歌がある。外国の旅もあるが、国内の旅も多い。これは自分企画の旅はもちろんだが、地方の知友や歌友に誘っていただいての旅で、何と四日間も富山県を旅していたのだった。
 この歌は一九八八年八月六日、富山支部の祝いの会に参加した翌日、「歌の発見」という題で講演し、歌評会をした。明るい夏だったので、そのあと車でかねてから行きたいと思っていた利賀村に走り一泊。翌日、待望の利賀村の演劇をいくつか観てまわり、ついに鈴木忠志演出の「リア王」を観た。期待に反しない凄いものに接した喜びがあった。後前(うしろまえ)に纏って胴で締めた豪華なきもの姿の貴族、立っているだけで表現に堪える役者の身体の美、すべてが劇的でありながら、幻想と現実の混りあう凄まじい坩堝にまきこまれた一夜であった。認知症の老人がリア王になりきって、その幻想のまま劇中劇に真の現実が戻り入る絶妙さに酔った。東京からの同伴者は中野れい子さんだった。
 打上げに呼んでいただき、鈴木忠志屋敷の生簀から上げた岩魚の刺身をたらふくご馳走になった。白石加代子さんともお知り合いになれた。
 七〇年代早稲田小劇場の闇濃きに利賀村は全村の闇もて応ふ
 闇ふかき中より劇的なる身体(からだ)あらはれて襤褸なす綺麗を纏へり
 リア王に世を哭かしめて闇にゐる鈴木忠志の闇の輪郭

 こんな歌が同時作にある、折ふし無月であったのか、自分の影さえ見えぬ真の闇の凄さを十二分に味わった夜であった。忘れがたいこの旅を手配して下さった立野朱美さんはもういない。文化講演会にしばしば招いて下さり、旅の企画の上手だった島村美代子さんも、もうおいでにはならないだろう。歌は、さまざまな事とともに、なつかしい人を思い出させる。

※( )内は前の漢字のルビ