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 二日間にわたるかりん全国大会が終わった。最近では若手の参加や活躍も目覚ましく、歌会の参加者は二百五十名ほど、ここ数年は昨年の記念大会を覗けば全体の参加人数も一定数を保っている。インターネットやSNSがこれだけ浸透し、ともすれば、人との関りがそれだけで事足りそうなこの時代に、全国大会のような場に大勢の老若男女が全国から集い、前日までの下準備や当日のスタッフによる運営にも膨大な労力を要するにも関わらず、こういった大会が廃れずに、そればかりか活気ある状態であることに感慨を覚えつつ、不思議なインパクトを覚える。
 全国大会に参加するときの不思議な高揚と緊張を、多くの人が経験したことがあるに違いない。いざ当日、名前だけ知る人に会えた嬉しさや久しぶりに会えた人との懐かしい再会は、やはり文字や画像だけのやり取りの中では生まれない、手触りの感覚となり記憶に刻まれるだろう。
 そういった交流の面ばかりでなく、様々な意見や考えが氾濫する現代において、自ら足を運んだ場で見聞きした発言に自身の迷いを払拭したり、新しい考えに眼を開かれることもある。身体と五感で他者の意見を聞き、書き留め、そこから新しい感情や思考回路が生まれること。そこからさらに、短歌に対する自身のスタンスや考えを問い直すこともある。つまり、自身の中に思考の往還が生まれることとなるのだ。
 やはり、人間はライブで感じたい欲求があるのではないか。手に触れ肌で感じ、目で見て、自分の五感や心で刺激を受けたり、新しい問いを見つけたり、自身の思いに確信を得たりすること。たとえこれからSNS等での交流が力を持つのだとしても、身体を通して得たものは誰にも邪魔されない。もちろん、参加できるかできないかは人それぞれに理由があり、決して参加することが一番だということではないが。時間も労力もお金もかかる大規模な会が、なぜ現代にも引き継がれ、そして盛り上がるのか。短歌に関わる場を生身の人間どうしで作り上げ、その場で語り合う。そんな〈当り前〉なことが今、とても大切で価値のあることに思えてならない。
 一方、現代は現場でリアルに見たこと感じた事を、その場から発信できるのがSNSである。同じ場にいた者たちが当日の出来事を次々と発信してゆくのを、今年の大会でも目撃した。ここにもライブ感があり、それを場にいない人とも共有することにもなる。これらは主のイベントの副産物でありながら、現代では欠かすことのできない、並列して起こるイベントともいえる。〈当り前〉から生まれた新しい波、それも〈当り前〉になりつつある。