告知板
ホーム
概要&入会案内
今月の内容
さくやこのはな
かりん作品抄
時評
ライブラリー
リンク
会員ひろば
かりんネット歌会
お問い合わせ
 この稿を書いているのはまだ師走でわが住む秦野では紅葉が真っ盛り、「花紅葉論争」を思い出している。今も興味深いのは論争の中心になった「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」がやはり歳月に洗われた名歌だからだろう。茂吉と谷鼎が行った、藤原定家の一首をめぐる論争で、昭和六年から足掛け三年に亘った。その五十年後、篠弘に『近代短歌論争史昭和編』で次のように評された。
 「…古典一首の解釈をめぐるようなつまらない論争を取りあげたのには、それなりの意味がある。(略)大塚金之助が検挙されたり、『国民文学』が発禁となるようなきびしい状況のなかで、問題意識が古典に追いやられた一つの典型だったからだ。」
 篠は、治安維持法や検閲で言論が統制され、思想や心情の自由が許されぬ状況のなか、「つまらない論争」をするしかなかったと言いたいのだ。五十年ののち、あなたの問題意識は当たり障りのないところへ向っていたと言われるかもしれないと突き付けられるような言葉である。花紅葉論争の頃ほどではないと思うが、気がつけば「きびしい状況」へ向かう気配が濃厚だ。
 昨年十一月二十四日に第十二回明星研究会シンポジウムが日比谷図書館で行われたが、「与謝野晶子の天皇観」というテーマながら、今を照射する内容でもあった。私も明星研究会のメンバーだが、歌人の出席が少ないのは残念に思われた。片山杜秀の講演は、晶子の生きた時代が、世界的に戦争のあり方が変化する時期だと指摘した。それを知らず当時の文学を語るのは的外れだという。一般市民が徴兵される総力戦になっていくと、当時の指導者・軍人らは文学、言論を統制下に置くほうが効率が良いと考えた。その前夜に、晶子の詩「君死にたもうこと勿れ」と大町桂月の批判があったこと、日露戦争ごろの戦争小説にあった残虐描写が第二次世界大戦前には消えることなど、豊富な資料をもって説いた。また松平盟子と小嶋翔(吉野作造記念館研究員)の対談では、五か条の御誓文を根拠に明治期の社会主義者や知識人が晶子の詩と似た考えでいたことや、天皇への信愛ゆえに戦争反対から協力に逆転することなどが語られた。
 晶子から時を経て、時事詠が自由にうたわれる時代となってみたとき、政治や戦争から目を背けられない。うたのテーマがそこになくとも、視点の持ち方や考え方に多大な影響をうける。目をつぶって詠うわけにはいかない。多大な情報を容易に手に入れられる現代だが、逆に見たいものしか見ない面もあり、「つまらない論争」という言葉が未来から押し寄せてくる気もするのだ。