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 兵士 砲弾は錆びゆく
  女 麦は青みゆく
 兵士 僕らはいない
  女 永遠にいる
     奥田亡羊『亡羊』
 二〇〇五年、第四八回短歌研究新人賞を受賞した「麦と砲弾」を一読した時の衝撃を、多くの歌人たちと同様に私もまざまざと思い返すことができる。分かち書きを用いて表現されているのは、架空のテレビ番組の「台本」。一連の主体は、番組のスタッフとして収録にあたっている。「錆びゆく」「青みゆく」「いない」「いる」という韻律の美しさが、「兵士」と「女」それぞれの声として立ち上がり、響き合う。戦争を主題とした作品にリアリティを持たせようとするとき、短歌作品に限らず「当事者の生の声」をできるだけそのまま受け手に伝えよう、とすることが多い。しかし、奥田はそのまったく逆を試みた、ということにも改めて注目したい。「兵士」も「女」も架空である。さらに、彼らの登場する台本も、それをもとに一連中で収録されている番組も、スタッフとして収録にあたる主体も架空である。それによって浮かび上がるのは、現実に世界各地で起こっている戦争と、日本に暮らす私たちの生活との乖離だろう。この乖離を念頭においてもう一度一首を読み返すと、結句の「永遠にいる」がさらに重層的な意味をもって読み手に迫ってくる。発表から長い時間を経て、世界情勢も「戦争」の有様そのものも大きく変化したこの時代に読むと、なおさらだ。
 奥田亡羊の没後に刊行された歌集『ぼろんじ』には、この第一歌集『亡羊』から最後の歌集となってしまった『虚国』までの四冊に加え、横山未来子による解説、梅原ひろみによるそれぞれの歌集の解題と奥田の略年譜が付されている。闘病中の奥田の歌集刊行に伴走した矢部雅之は、「巻頭言」で「亡羊と私は長年の好敵手であり良き仲間であると同時に、師である歌人佐佐木幸綱に挑み、その影響から抜け出て自在を得るための方法論をつかもうと、共にもがく同志だった。」と語っている。『ぼろんじ』は一人の希有な歌人の仕事を一望することのできる貴重な一冊であると、ページを繰りながらしみじみと思う。そしてこのように一人の歌人の存在とその仕事を残し、語り継いでゆくこともまた、私たち歌人の大きな仕事であると、強く思うのだ。私たちが歌を発表し、互いに読み合う場は大きく変化し、多様化を続けている。しかし、「優れた歌を残す・語り継ぐ」ことの重要性は変わらないだろう。
 大股に来たりて春は岩をしぼる。絞られて岩、水を滴らす
     奥田亡羊『虚国』
 よるべなき思ひに櫂の手を垂れて春となる日の葦辺にねむる