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 八月三日は中城ふみ子の命日だ。歌壇に登場してからたった四ヶ月程度で駆け抜けたその鮮烈な生き方と作品は今でも読み継がれ、恋愛、病との対峙、子を思う心、この三つが歌の核となっている。しかし今、たとえば「生きづらさ」という観点から、ある時期の中城歌を読み返す時、恋愛や病といった出来事や、母という立場からは離れ、その時代を生きた一個人としての中城が見えてくる。
  塩鮭をガスの炎に焼きてゐつ職なき東京けふも曇れり
  特売の不細工なる足袋買ひゆきて女はいまだ悲しみ多し
 塩鮭の歌は離婚後、自立を目指し上京した時期の歌と思われる。この状況は十月末から一か月弱の短いものだった。〈秋雨にただ眠るのみ採用されし印度カリーの店にもゆかず)とも詠い、一個人としては自立しがたい当時の女性としての〈己〉を、「職なき」と自立の挫折を匂わせる客観的描写と後半の広域の景を映し出したカメラワークで表現する。家政学院時代の同級生を頼りにした上京は早々に断念することになったが、〈自家用車とめて日本橋に海苔を買ふ友に從きつつ淋しくてならぬ〉という歌もあり、夫という存在に付随しなければ成り立たない女性の立場を痛感させられたことも背景にあったように想像する。そういった自立の難しい女性の姿は、帯広の実家に戻り、家業を手伝った時期に詠まれた足袋の歌に現れる「女」にも投影されているだろう。この酷なまでの〈己〉や〈女〉の描写は、『定本・中城ふみ子歌集』の跋で中城からの手紙を回想する中井英夫に「これが死期近い患者の文字かとおどろき訝しむほど、溌溂と躍り、文もまた鋭い。」と言わしめた鋭さに通ずる。これらの歌は、夫と離婚した後から乳房に異常を覚え、初めの手術を受けるまでの短期のうちに詠またと推測され、それぞれ「花粉点々」「青き事務服」に収められている。自立を目指したこの時期の歌を読み返してみると、今さかんに論じられている「生きづらさ」が思い出されてならない。中城は一人の人間として、かつ一人の女性として、現在よりも不自由さを強いられていたであろう時代に、女性として人間らしく生きることの困難と苦悩を作品に残した。当時の一般的なレールから外れて生きようとする〈己〉を描写し続ける目を失わなかった。
  うち開く赤き花火よ生きてをれば米寿むかへる中城ふみ子
                  梅内美華子『真珠層』
 もし中城が生き存えて歌を詠み、かつ読むことができたら、鋭い観察眼と描写力で今の世にどのような〈己〉を歌として炙り出し、今の世の「生きづらさ」の歌をどのように評しただろう。