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最近の歌集いくつかを読み、友枝敏雄編『リスク社会を生きる若者たち』(大阪大学出版会、2015.4)という本のことが思い返された。二〇〇一年からの十二年間に三回にわたる高校生の意識調査したところ、次第に高校生たちに「規範への同調性」、社会的地位への志向が深まっていることがわかったのである。このような意識が歌作の基礎部分になっているのではないかと感じたのだ。
九月に高校の国語表現の授業で、萩原慎一郎歌集『滑走路』から三十首ほど抄出して教材とした。私が教えるのは定時制高校で、話題となった非正規の歌はずばり生徒たちの心境でもあったため、普段は発言を嫌がる生徒も進んで感想を述べた。彼らが気に入ったのは次の一首。
木琴のように会話が弾むとき「楽しいなあ」と素直に思う
苦しさや孤独感に浸される日常に、「楽しいなあ」と素直に思うことはあまりなく、共感したという。
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
生徒たちは、表題歌となったこのうたを辛いと言った。翼を手にすることこそ困難きわまりない、滑走路だけがあったら苦しくて息が詰まるという。歌集を読み通すと、萩原の「翼」は歌作であり、この一首が未来へむかって自らを奮い立たせるものだとわかる。が、生徒の言うような辛さは確かにあり、社会的なルールを守る規範意識の中で向上を目指す思いから、「滑走路」と「翼」の比喩は生まれている。
ナポレオンは三十歳でクーデター ほんのり派手なネクタイで僕は
辻聡之『あしたの孵化』
身のうちに魚を棲まはせええ、ええ、と頷くたびにゆらしてをりぬ
田口綾子『かざぐるま』
最近の歌集からも似た感覚は感じられる。ナポレオンという「権威」と自分を比較する辻、従順を示しつつ、違和の生れそうな内面を示す田口。両者の自画像は明るくきれいなイメージだが、痛みに繊細であり、苦し気でもある。
公園の禁止事項の九つにすべて納得して歩き出す
工藤吉生
今年の短歌研究新人賞受賞作品の一首だが、「規範への同調」傾向を象徴する一首ともいえるだろう。虚無的な保守性には、殺伐とした世界しか見えてこず、慰藉はない。
彼らは逸脱などしない安心な人物的であるが、規範意識や、社会的地位を得たいという望みゆえに、苦しみを深く抱えている。リスク社会だからといって、そこに甘んじているのは寂しい。今こそ、健全な〝逸脱への憧れ〟をとりもどす歌が欲しい。リトマス紙に垂らす一滴が、速やかに色をかえてしまうように。
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